葬儀を終えたお客様のお声

心のこもった施行ーお客様の声

横須賀市衣笠町 H・T様 女性30代


2歳になったばかりの息子を生まれつきの重い病気で亡くしました。
担当医師から息子が亡くなったことを告げられても葬儀のことなど
まったく思い浮かぶわけでなく、ソレイユさんへの連絡は義理の母が
してくれました。  病院を出る時はどうしても自分の手で抱いて帰
りたいとソレイユさんにお話して主人の運転で私が抱いて帰りました。 

息子を布団に寝かせた後にソレイユの担当Aさんの姿にようやく気づ
き 『息子のお葬式』  『しっかりしなければ』 という気持ちが
湧いてきたのですがAさんは主人と少し話しただけで 『今夜はいつ
ものようにゆっくり休ませてあげましょう』 と言って早々に帰られ
ました。

葬儀の打合せは主人と義母がしてくれましたが私はお通夜になっても
立つことさえままならない状態で参列しました。 事前から私のため
に車椅子を用意してくれたこと、お焼香台に進むことのできない私に
香呂を席まで持ってきてくれたこと、お通夜が終っても息子の側から
離れない私に、息子の分と一緒に食事を運んでくれたこと、お別れの
準備で参列者が式場から席をはずす時 『お母さんとお父さんはここ
に居てください』 と言われ息子の旅立つ準備まで立ち会うことがで
きたこと・・・本当に細かいところまでのお気遣いをして頂きました。 
小さな息子には大きすぎる棺もたくさんのお花を入れることができて、
Aさんにすすめられた棺にして本当に良かったです。 息子が病院か
ら戻ったときも、すぐにお線香の仕度や葬儀の打合せをしなかったの
は、Aさんが私の心中を気遣ってのことだと後日主人から聞きました。
いたる場面で心のこもった対応でした。

息子の葬儀が終わって数日後、少し気持ちも落ちついてAさんが家に
来た時、お礼の言葉を添えてそのことを伝えたのですが、Aさんは照
れくさそうに笑うだけでした。息子が火葬炉に入って控え室に向かう
途中 『○○さんはずっと○○君のお母さんですよ』と言われた言葉
が、どれだけ私を立たせてくれたことでしょう。  スタッフの皆さん
もAさん同様にとても優しい方ばかりでした。

息子が息をひきとった時、なぜ義母がソレイユさんに連絡をしたのか、
すべてが終わって十分理解ができました。 以前、義母の親友の葬儀が
ソレイユさんだったそうで、年代やお付き合いの広さからも裏方で葬儀
のお手伝いに入り、たくさん業者を見てきている義母の印象がとても良
かったそうです。

大変なお仕事ですが、これからも体に気をつけて頑張ってください。

※ 本文はお客様からのお声を元に文章校正し、ご本人のご承諾をいた
  だき掲載させて頂きました。




東京都品川区 U・A様 女性60代


長い闘病だったのですが、もう数日しか主人の命がないことを医師から
告げられました。 結婚して日本に来てからは長いのですが、主人の身
内は離れているし娘たちも離れて暮らしています。 もしもの時はどう
したらいいのだろう?日本の葬儀のことは何もわからない、ましてお金
も医療費に費やしたためにたくさんの貯金があるわけでもない・・・ 
そこでいつもお世話になっている近所の奥さんに相談してみました。奥
さんは言葉もあまり分からない私の代わりにすぐ地元の葬儀社に電話を
してくれて、事情を話して見積りまで出してもらいました。 なんとか
用意できる見積り金額だったので、これでひと安心と思っていたところ、
奥さんから電話がありました。 『すぐ近所にお葬式をしたばかりの人
がいて、よくやってくれる葬儀屋さんだから聞いてみたら?っていわれ
たんだけど・・・』 少しでも安くなればという思いから、その葬儀屋
さんでお葬式をだしたという人に連絡をとってもらい会うことにしました。

ソレイユのAさんが来る時は奥さんの都合が悪く、私と娘のの2人で話
を聞くことになりました。 Aさんは前の葬儀屋さんと違ってたくさん
の質問をしてきました。 私がクリスチャンであること、主人の実家、
兄弟のこと、そことの行き来や私の職場のこと、主人の交友関係・・・
たくさん聞かれました。 『それはいいから、火葬してお骨にするのに
いくらなの?』 と言うと、Aさんは日本人の葬儀や死に対する考え方、
主人の兄弟や友人、私の職場の人とのこと、ひとつずつゆっくりと、私
が分かりやすい言葉を選びながら質問している理由を話してくれました。
すべては火葬が終わったあとに一人で残される今後の私のことを考えて
のことでした。 

主人は私との結婚前から本国での生活も長く、日本に来る知り合いの人
たちの面倒をよくみる人だったおかげで、その人たちからとても慕われ
ていたのです。 そこでAさんに親戚の中で一番話しがしやすい主人の
姉に何人くらい火葬に立ち会うのか電話をかけて聞いてもらい、葬儀は
行わない事情や読経もないことも説明してもらいました。 やはりAさ
んの心配していた通り、姉はお経がないことに非常に難色を示したよう
です。  主人を慕ってくれてる親しい人には私から何人くらい来ても
らえるのか電話したところ、やはり仕事を放りだしてでも来るという人
が数人いました。 

人数がおおよそ決まったところで、Aさんはようやく見積りを作ってく
れました。 合計金額が地元の葬儀屋さんより数万円安かったのと、こ
こまで私のことを考えて一生懸命に身振り手振りで分かりやすく説明し
てくれたAさんにお任せしようと決めました。

翌日、Aさんと話がしたいと主人の姉から電話があり、30分ほどして
からAさんから電話をもらいました。 姉が火葬炉の前の読経をしてく
れるお寺さんをAさんに頼んだそうです。 費用を聞くと、最初の葬儀
屋さんの見積りより安くすむ分だけ私でも充分支払える金額でした。 
私がAさんに 『私が払います』 と言ったところ、Aさんは 『それ
はお姉さんのご主人と○○さんに対する気持ちなのだから、お姉さんに任
せましょう。 それに葬儀はギリギリの予算でやってはいけない。 も
しそこまでの予算があるなら、大きな花束をご主人のために買ってきて
ください。 もしそれでも余裕があるなら、来てくれた人のためにお部
屋をとって、火葬場の飲食代や簡単な品物とハンカチをソレイユで用意
させてください。』 と言われました。

そして数日後、主人は他界し迷わずAさんに電話を入れました。 Aさ
んから説明をうけていた通りに物事はスムーズに流れ、火葬までの2日間、
Aさんが私の家に訪ねては 『○○さん、とても疲れてると思うけど
最後まで頑張ろうね』 と声をかけて励ましてくれました。 Aさんは
火葬する前のお別れ室で、来てくれたクリスチャンの主人の友人にも分
かるように、身振り手振りを交えながらこれからどうやって主人は天国
にいくのか経帷子を主人に付けながら話してくれました。 火葬炉の前
では読経の最中にお焼香の仕方を教わり、数珠を持ってない主人の友人
達にも数珠を貸してくました。 

参列者は娘の友人も来てくれて、予定していた人数の倍になってしまっ
たり、控え室ではお香典を頂いたりして予想外のことばかりでした。 
火葬中、お一人お一人にお礼を言いながら用意された品物やハンドタオ
ルをお渡しして来てくれた方たちからたくさんの励ましの言葉もいただ
きました。 

当初、娘たちと私だけで主人をお骨にしようとしていましたが、主人の
兄弟、友人に声をかけて本当に良かったです。 あれからお姉さんもよ
く電話をくれるようになり、主人の供養の仕方やお盆のことなどいろい
ろ教えてくます。 主人の他界はとても悲しいことですが、主人の兄弟
と仲良くなれたことに天国にいる主人とAさんにとても感謝しています。 

お忙しいと思いますが、私の知ってる美味しいお店にご招待したいので
こちらに来た時は必ず私の所に連絡をくださいね。

※ 本文はお客様からのお声を元に文章校正し、ご本人のご承諾をいた
  だき掲載させて頂きました。





横浜市神奈川区 女性40代


両親は私が生まれて間もなく離婚し、母の女手一つで私は育てられまし
た。 幼い頃には父親のいない不憫さと、昼も夜も働く母への淋しさか
ら一人で泣いていることもよくありました。 そんな私も20歳で結婚
、子供にも恵まれ育児に追われるちょうどその頃、どうしても許せなか
った両親への想いが愛しい存在へと変わっていったのです。 しかし、
私を育てるために一生懸命働き続けた母に向かって、父のことを聞き出
すことは最後までできませんでした。 母が亡くなり、この世に一人だ
け残されたような気持が、どこかで生きている父にどうしても会いたい
という想いを日増しに強くしていったのです。

とある日に役所の方から電話があり、数日前に父が亡くなったことを知
らされました。 父の名は戸籍謄本で知ってはいたものの、耳にするの
は生まれて初めてのこと。 驚くことに父は私と同じ市内に住み、生活
保護を受けながら一人で生活していたのです。 40年以上も触れるこ
とのできなかった父の手、顔、声・・・ 心の中にあった風船が大きな
音を立てて割れるような想いでした。

間もなく亡くなった父を預かっているという葬儀社の担当から電話があ
りました。 父の葬儀のことで会って話をしたいとのことでしたが、そ
の時の私は主人と子供たち、そして主人のご両親と幸せな日々を送って
いたのです。 どうして良いのか無言で押し黙ってしまう私を察してな
のか、行政からの補助金制度で父の火葬から市営の合同墓地への埋葬ま
で、葬儀社の方ですべて行うことが可能という説明をうけました。 私
は「宜しくお願いいたします」と答え電話を切りました。 しかし時間
が経つにつれ、私の心の中にあらたな父への想いがこみあげてくるのです。
《父に会いたい》《お花を供えたい》《火葬に立ち会ってお骨の一片を
ずっと持っていたい》 私は涙を流しながら葬儀社の担当の方へ連絡を
いれ、詳しい日時や場所の打合せをしました。

私は最後の最後まで父の顔を見ることはありませんでした。 きれいな
お花をたむけることも、遺骨を拾うことも、父が亡くなった事ですら主
人に伝えてはいません。 ずっとずっと想い続けた私の父です。 もし
顔を見たら、私は父から離れることができないでしょう。 遺骨を拾え
ばすべての遺骨をお墓に埋葬したくなるでしょう。 でも父は40年以
上も前に母と離婚して、私は嫁いだ先で毎日幸せに暮らしているのです。
 私はこれが最後の試練なのだと自分に言い聞かせ、父が火葬される時
刻には、目を閉じ顔さえ知らぬ父に向けて手を合わせるだけでした。

数日後、何の連絡も入れずに約束の日時に出向かなかったソレイユのA
さんにお詫びと父のお礼を兼ねて電話をしました。 その時初めて両親
との経緯と私の状況を話しました。 ところがAさんは私からの連絡を
ずっと待っていたとの事、後日お会いすることになり、Aさんは父がし
ていたという時計を私に渡してくれたのです。 父を担当していた方に
私のことを話して下さり預かってきてくれたそうです。

生まれて初めて触れる父の面影。 時計を自分の腕に付けた時、やっと
父と手をつなぐことができたのです。 Aさん本当に感謝しています。

※ 本文はお客様からのお声を元に文章校正し、ご本人のご承諾をいた
  だき掲載させて頂きました。


過去の施行から
横浜市鶴見区 50代男性

いつもと違った事前相談

《葬儀のことで聞きたいことがあるんですが、お伺いしてもいいですか?》 お問い合せのお電話をいただいて、来られたのは50代のご夫婦でした。

《まだ仕事もしてるし元気そうに見えるだろうけど、こうみえても身体の中はもうグチャグチャなんだよ。 年内はもたないだろうなぁ》 葬儀の対象者は、自らそう話す当のご主人。 《うちの親戚は酒が好きだから、食うより飲みだな。 お前の兄貴もけっこう飲むし・・・な?そうだろ?》 そう聞かれても、うつむいたまま相槌をうつのが精一杯の奥様。

葬儀の式場、祭壇の内容、お返し物はもちろん、料理などは寿司桶の台数までご主人が決めていきました。 《これで大丈夫だね? 俺になにかあったら、必ず家内に電話をさせるから携帯番号を教えてもらえるかな?  生きてあなたに会うのはこれが最後だ、次は俺が死んだ時だよ。 ははは~・・・》 

今思えば、お帰りの時にお二人で深々とおじぎをされたあと 《 頼んだぞ 》 と、私の目をじっと見据えながらいった言葉が、私にとってご主人の最期の言葉になりました。

ご不幸

数ヵ月後、奥様からご不幸のご一報。
本来なら、数か月前に取り交わした書類をもとに、変更や追加がないか確認をするのですが、遺影写真をお預かりしにご自宅に伺った際には、ご主人の最期の闘病生活の状況を話される奥様と短くお会いすることだけにしました。

亡くなる数週間前から伸ばし始めたあご髭。 抗がん剤で抜け落ちる頭髪を気にして、仮退院の時にデパートに行って自ら選んだボルサリーノハット。 ドクターにいくら止められてもやめなっかたセブンスターの煙草は、亡くなる3日前まで吸っていたんだとか・・・。 闘病生活の大半を過ごしたというご主人のベッドは、死期を間近に迎えた人が使っていたとは感じることのできない整えられたベッドがありました。 預かった写真は奥様とは違った女性と写した写真。 《 おかしいでしょ?でもこの顔が一番いいって主人が言うもので 》 打合せの時の明るく話す陽気なご主人の顔が私の中に浮かんでいました。

葬 儀

ご主人の希望通り、葬儀は家族葬としておごそかに営まれ、会食の席では少し笑い声が混じるなど、お通夜も葬儀も、とても温かい雰囲気の中で穏やかに進んでいきました。 《 明日の会食前のご挨拶の件なのですが・・・》 と私が奥様に打合せをしようとすると、奥様はにこやかに《 お任せしますよ 》と一言。

そう・・そうなんです・・ご主人の葬儀はすでに台本があって、私がきっちり終わらせないといけないんです。

大切な約束だったこと

《 奥様に大変失礼なことを口にしてしまいますが、無事に葬儀を終えたことで、やっと私の肩の荷をおろせた気がしています。》 葬儀は数カ月前にご主人と打合せした通り、寸分の狂いもなく終わらせました。 事前にご主人が自分の葬儀を決めていたのは、気弱で控えめな奥様を困らせないためだったんですよね・・・それが葬儀中にはっきり分かってきてたんです。

《 さすが主人が選んだ葬儀屋さんでした。 主人も本当に満足していると思います 》

仕事。。。確かにそうです。 でもこの葬儀は、自分が一人の人間としてやり遂げなくてはいけなかったこと。《 頼んだぞ 》 そう私に残していったご主人の短い言葉には、それこそたくさんの思いがこめられていて、ご自分で決めていった葬儀を私に必ずまっとうさせる、男と男の約束だったんです。

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